お金の基礎知識

2022年03月25日

相続税の申告 自分でやってみた。あら、できた。

 父が亡くなったのは、2020年の8月13日。8月21日に88歳の誕生日を迎えるので、東京に住む子ども3人(私と弟と妹)故郷長崎で集まって家族でお祝いをすることになっていた。父はそれを楽しみにしていた。

 ところがそのしばらく前から、特に悪いところがあるわけではないのに、突然何も食べなくなり、何も飲まなくなり、栄養失調と脱水症状を起こしてしまった。7月に私と娘が父に会うため長崎を訪れる前日に入院してしまった。一緒にうなぎを食べに行こうと約束していたのに、果たせなかった。新型コロナウィルス感染による規制で、病院には入れない。病院側の配慮でガラスドア越しに面会できたが、アメリカから帰国して4年ぶりに会った孫とは、手を握ることもできなかった。

 その前に父に会ったのは正月だった。高齢者住宅を訪ねて一緒におせちを食べ、夕方に「じゃあね」とアメリカ式にハグしたのが父に触れた最後になった。亡くなる2日前に病院に電話したとき「昨日から熱がおありですけど、それ以外は特にお変わりありません」と看護婦さんに言われ安心していたが、誰にも看取られず、13日の深夜に息を引き取っていた。

 新型コロナの影響で、入院先の病院で家族に会えないまま亡くなった人はいったいどのくらいいるのだろう。本当に切ない。

 

 葬儀を終え、納骨を終えて東京に帰った。人が亡くなると、家族はいろんな手続きをしなくてはいけない。葬儀の翌日に長崎市役所に行って教えてもらい、きょうだいで手分けして手続きをした。相続財産を整理すると、相続税の申告をしなくてはいけないことがわかった。 

 

 FPという仕事柄、きょうだいの中でいちばん相続に詳しいはずと、私が申告を担当することになった。税の仕組みや計算方法は知っているが、実際に申告するのは初めてだ。税理士の友人に尋ねると「できるわよ、自分でやんなさい」と言われた。別の友人は「専用の申告ソフトを使えば別だけど、あれだけページ数のある申告書を手書きでやるのは、無理なんじゃない。勧めないなあ」と言う。うーむ。

 しかし、相続税の申告を経験するチャンスは、後にも先にもこの一度しかない。自分でやらないともったいない。やってみよう。

 とはいえ、手書きは苦手だ。手頃な価格の申告ソフトかアプリがないか探した。弟が「これは無料だ」と見つけてきたのがAI相続だった。ネットの口コミでも評判がいいらしい。でも、無料なんてうそでしょう。

 アメリカに数年住んでいた時は、オンラインの確定申告ソフトを使った。シンプルな申告は無料だが、証券投資をしていたり、不動産収入があったり、海外の収入があったりすると、有料版にバージョンアップしなくてはいけない。AI相続も同じ仕組みにちがいない。

 ところが、どんどん入力していっても、いっこうに課金される様子がない。プリントアウトもできる。美しい。おかしいなあ、と思っていたら無料のまま申告書を完成させることができた。超びっくり!

 最初からスムーズに行ったわけじゃない。あっちの役所やこっちの金融機関から書類を取り寄せたりも面倒だった。申告書作成の途中、何度かひっかかった。代償相続というスタイルをとったり、相続財産から寄付をしたり、ちょっと例外的なことがあったので、いくつかは税務署に電話して書き方を教えてもらった。親切に教えてくれた。それでも、うまく入力できない箇所、思うような結果がでない箇所があった。「無料ソフトだから、質問しても答えてもらえないだろうなあ。回答が来るとしても何日も先だろうなあ」と期待せずに、ウェブサイトの「問い合わせ」からメールで質問を送ったところ、なんと当日に返事が来た。丁寧な回答だった。入力データが多くてプリントアウトがうまくいかなかったところは、なんとソフトを修正して対応してくれた。うそでしょう!?

 完成した申告書は、友人の税理士に確認してもらってから、郵送で長崎税務署へ送った。近くの税務署でもらった用紙で納税した。数日後に長崎税務署から「申告書、確かに受け取りました」と電話があった。本当に無料で相続税申告を終えることができた。うそのようだ。AI相続おそるべし!

 

 誰でも、このAI相続を使って自分で申告ができるだろうか。必ずしもそうとはいえないだろう。税金の申告、というだけで気持ちがめげる人もいる。パソコンを扱うのが嫌いな人がいる。知的レベルは高いけど税金の専門用語はまったく受け付けないという人もいる。こういう人は、まあ向かないだろう。

 でも、「自分の税金のことだから、ちょっと難しくても、勉強して自分でやってみよう」と思う人なら、このソフトを使って自分で申告することは十分にできるはず。相続税の申告を税理士さんに頼む時の相場は、相続財産の1%が相場、と言われる。財産の形や事情が複雑になると、さらに料金が加算される。正直、かなり高い。「100万円(500万円)もかかるの? だったら勉強して自分で申告するぞ」という人が出てきて当然だ。そんな人たちに、このAI相続は強い味方だ。

 

 メールで質問したことがきっかけで、みなと相続コンシェル取締役の弥田さんから話を聞くことができた。この無料ソフトを公開した当初は、利用者の10人にひとりぐらいは「自分でやるのはやっぱり大変だから、そちらの会社にお願いします」と、申告の依頼がくるのではないか予想していたそうだ。ところが実際の依頼は、利用者の1%にもならず、99%以上の人がAI相続を使って自力で申告をすませてしまうという。一方で「無料なんて怪しい」と私のように疑う人もいる。将来は有料化も(といっても数千円レベル)考えているらしい。

 この会社、みなと相続コンシェルは、相続税申告の価格破壊を目論んでいるのだろうか。だったら愉快だ。応援したい。

 

 結論に行こう。自分で相続税申告をしたい、と思ったら、このAI相続を試してみるといい。入力するためには、相続税の基礎を勉強する必要はある。でも、そんなに難しくない。税務署の資料は難しいが、本かムックを1冊読めば、全体像はつかめる。あとは、画面の指示の通りに入力していく。途中で分からなくても、すぐには諦めず、調べたり質問すればいい。あせらず、じっくり取り組めば、ほとんどの人は目標を達成できるだろう。

 

 私のお客さんの中には、ご親族が亡くなって1週間もしないうちに「相続税の申告が心配です」と相談に来られる方もいる。大丈夫ですよ、焦らないでください。まずは、ゆっくり亡くなった方を悼んでください。相続を考えるのは49日がすぎてからで十分ですよ。半年たってからでも間に合いますよ。とアドバイスしている。親しい人が去った悲しみは、亡くなった直後ではなく、1ヶ月後、3ヶ月後、6ヶ月後に深くなるような気がする。

 相続税の申告は亡くなって10ヶ月が期限。十分に十分に十分に悲しんでから、取り組もう。AI相続という味方がいる。焦る必要はないからね。

 

 父は長崎の原爆被爆者だった。英語ではAtomic Bomb Survivor と言う。亡くなって1年をすぎた頃、長崎の被爆者の原爆体験記を英語にしてウェブサイトに掲載するプロジェクトを手伝う機会に恵まれた。被爆二世というのも、私が父から相続した大切な財産のひとつだ。

 

 

 

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